2018年(平成30年)北海道胆振東部地震調査報告(速報)

 2018年(平成30年)9月6日午前3時8分59.3秒、北海道胆振地方中東部を震源とするマグニチュードM6.7、震源深さ37kmの地震が発生した。

震度分布(出典:気象庁)
 

厚真町などの市町位置図
 

 筆者(坂本)は震源地の厚真町で育ち、1968年(昭和43年)十勝沖地震や浦河沖地震等も経験し、防災・減災の調査研究を長年行ってきたが、まさか故郷の町が震度7を記録する地震に遭遇するとは思ってもいなかった。
 9月6日朝4時過ぎから情報収集を始めた。6日朝のテレビ報道では、厚真町で大規模土砂崩れが発生し、行方不明者が発生したことや、全道的に大規模な停電が発生していることが報道されているが、大規模土砂崩れ現場以外の状況などはほとんど報道されていなかった。また、親族との連絡は、メールとSNSで行ったが、午前5時過ぎには無事が確認できた。
 地震発生の翌7日に、苫小牧市に居住する親族に、厚真町内の状況と厚真町やむかわ町にアクセスすることができるかどうか問い合わせたところ、幹線道路は通行できないが、迂回してアクセスできるとの情報を得たため、苫小牧市内を拠点として、現地入りをすることになった。
 
9月8日(金)午前9時30分過ぎ、新千歳空港に到着
 新千歳空港は、震度6弱を観測しており、テレビで放映された新千歳空港の地震時の揺れは、天井や壁が落下する激しい揺れだった。もし、多数の旅客が滞留している時間帯だったら、大きな人的被害が発生したに違いない。
 実際に新千歳空港ターミナルビルの状況を見ると、天井や壁、通路等に急遽応急修理した箇所が多数見られた。また、多くのトイレの使用が制限されていた。節電等の影響もあって、多くのエスカレーターやエレベーターが停止しており、通常の通路は通れず、遠回りせざるを得なかった。空港内の飲食や物販等の店舗は、全て営業を休止していた。また、航空機の運休や減便で、空港に足止めされている乗客が、発災後3日目でも多数、寝泊まりしており、ロビーに毛布を敷いて寝たり車座になる人がおり、多数の毛布が散乱していた。さらに、下水配管の被害や漏水のためか、空港全体に悪臭が充満しているのが印象的だった。

新千歳空港ロビーの状況(9月8日朝)

 
9月8日(金)午前 厚真町に向かう
 空港に迎えに来てくれた親族の者と合流し、車で厚真町に向かった。報道によると、人的被害は、厚真町の土砂崩れ現場に集中しているようだが、町役場のある市街地の被害状況は、親族の者もまったく掴めていなかった。
 生存の限界とされる72時間が迫っており、消防・警察・自衛隊の救助部隊の多くが、厚真町に派遣されていた。厚真町では、まず自衛隊の大部隊に遭遇した。報道では当初、6,000人規模での自衛隊派遣とされ、25,000人規模まで増強することが伝えられていた。確かに自衛隊員と車両が多く目につくが、陸上自衛隊の所属を見ると北海道内の部隊がほとんどであった。町のありとあらゆる駐車場や空き地は自衛隊の車両で占められ、土砂崩れ現場付近では自衛隊の野営場所も見られた。

自衛隊の車両と野営場所
 

 厚真町にアクセスする道路の被害は大きく、土砂崩れや橋梁の段差、路肩の崩壊、路面の亀裂等が多数発生していた。幹線道路は土砂崩れによる被害が大きく、この時点では通行止めとなっていた。そのため、厚真町には、“裏道”から入ることとなった。橋梁の段差は、応急措置が行われているところもあったが、路肩の崩壊や路面の亀裂は、そのままになっているところが多かった。
 厚真町の市街地に入ると、意外なことに、液状化による噴砂が所々に見られるものの、表面上はあまり大きな建物被害が見られなかった。
 市街地を回ってから、大規模土砂崩れが発生した厚真町北部に向かった。大規模土砂崩れ現場に通じる道路については、救助隊などの大型車が通れるよう、道路啓開が行われていた。そこには、山沿いに点在する建物が埋もれている多数の土砂崩れ現場が現れた。

 

厚真町の大規模土砂崩れ現場
 

 本震で崩れた土砂は、非常に速い速度で流下し、住家を押しつぶしたとされている。深夜で寝入っていた人が多かったとみられるが、緊急地震速報も震源地付近では間に合わず、土砂崩れの兆候に気づいて避難できた人はごくわずかだったと見られる。なお、厚真町北部で土砂崩れが集中したのは、火山灰が積もって出来た軟弱な地盤が影響していると思われるが、土砂崩れを発生させる特徴的な揺れがこの地域で発生したのではないかとする専門家の意見も見られる。
 
9月8日(金)午前 厚真町災害対策本部へ
 筆者は、長年、自治体の災害対策本部運営マニュアルの作成や、災害対策本部運営の図上訓練の企画・運営に携わってきている。このため、実際の災害現場で、どのように災害対策本部運営がなされ、関係機関の連携がなされているか、そこで支援できることはないかを把握することが被災地訪問の目的のひとつだった。
 厚真町役場に着くと、外部からの支援機関だけでなく、報道・マスコミ関係者が非常に多く、駐車場はこれらの車両がいっぱいで、役場庁舎内は人でごった返している状況だった。役場庁舎内には「災害対策本部」の特別な部屋やスペースはなく、1階のフロアー全体を「災害対策本部」としているようだった。1階フロアーの中心に副町長席があり、各担当は本来の席におり、そこに外部からの支援者が自由に出入りしていた。同じ1階フロアーには国土交通省や北海道等の支援機関の執務スペースが、2階には自衛隊の執務室が確保されていた。発災3日目の昼間だったので、緊急業務は一段落しているかのように見えたが、別室にはキャビネットや戸棚が転倒したり、書類が散乱したままの部屋があるなど、後片づけもままならない様子だった。
 定期的な町災害対策本部会議や調整会議は開催されておらず、町長と副町長が中心となって重要事項を決定し、個別課題は町の担当者や消防署員、支援の自衛隊・消防・警察・北海道庁等の担当者が必要に応じて集まり、調整しているということだった。印象としては、 土砂崩れからの救出活動以外は顕著な被害が多くなかったことから、初動の人命救助期においては、このような体制で対応していたようだった。ただ、厚真町では、震度7の本震後もかなり地震が頻発しており、停電と断水が長く続いたことや、家具や什器の転倒・落下の被害が大きかったことなどにより、建物の被害に比して、避難する住民が多かったようであり、被災者支援も大きな課題となっていた。
 避難所・物資関係については、役場に隣接する建物(総合ケアセンター)で対応しており、すでに受け入れられた物資が山積みされていた。支援物資の受付窓口を定めていたり、避難所への物資配送担当者を集めて昼食の配布の打ち合わせをするなど、物資の管理や避難所への配送は、スムーズになされているようだった。さらに、避難所の管理責任者を集めて連絡会議を開催するなど、避難所の運営・管理も、ある程度きちんと行われているようだった。また、避難所と同じ建物内の一室に救護所が設置され、日本赤十字社等の救護班やDMATなども活動していた。このように、厚真町については、国や道庁、外部機関からの応援が多く、初動期の応急対応については、これ以上の支援は必要ないと推察された。

町役場1階総務課:本部の統括を担当
町役場1階の副町長の執務スペース
 
町役場2階の自衛隊専用の執務室
避難所前で、炊き出し・飲料の配布
 
町役場に隣接する総合ケアセンター内の物資担当
避難者数や配布する物資の品目・数量等を掲示
レトルト食品等を暖め、1人用に小分けするなど配布準備

 
9月9日(日)午前 むかわ町に向かう
 地元の人達の話では、厚真町の土砂災害を除けば、むかわ町や安平町の被害が大きかったと聞いた。9月7日発表の消防庁の被害報告では、建物被害として、全壊は28棟しか計上されておらず、厚真町19棟、安平町4棟、むかわ町5棟と少ないが、まだ被害の全容が把握されておらず、マスコミでは報道されていない隠れた被害が発生しているようだった。引き続き、むかわ町と親族が居住する安平町に向かうことにした。
 苫小牧市内からむかわ町へは、8日当日に通行ができるようになった高速道路(日高自動車道)を利用した。橋梁の段差や路面の亀裂、路肩が崩壊した箇所を応急措置した箇所が多く見られた。
 むかわ町に入ると、市街地に限れば、確かに厚真町よりむかわ町の方が建物被害は大きく、むかわ町の鵡川地区のメイン通りを中心に建物被害が集中しているようだった。外観から見た感じでは、震度7を2回観測した熊本地震時の益城町のようなぺしゃんこな壊れ方をした家屋は少ないが、古い建物や非住家(店舗等)、空き家の被害が大きかったように思えた。
 被災から4日目で、すでに被災建築物応急危険度判定が部分的に行われており、住家に貼られた危険度判定の紙の内容をみると、赤(危険)判定が見られ、住家被害数は消防庁の被害報告の全壊数を上回ると見られた。

応急危険度判定で赤(危険)と判定された建物
 

 
9月9日(日)午前のむかわ町災害対策本部
 むかわ町の災害対策本部は、広い活動スペースを確保するため、役場に隣接する産業会館の2階の会議室に設置されていた。ロの字型に席が設置され、役割別にグループを作り、職員は担当名を書いたビブスを着用して活動していた。活動状況をみると、町長と総務課長が主導しているようであり、被害状況や対応状況の一覧が壁に貼り出されていた。なお、穂別総合支所(旧穂別町役場庁舎)にも、旧穂別町管内を担当する本部(現地対策本部)が設置されており、町の災害対策本部とはテレビ会議システムを用いて、協議を行っていた。

(注)2006年3月に、旧穂別町と旧鵡川町が合併して、現在のむかわ町が発足した。合併前の鵡川町役場を本庁舎、穂別町役場を穂別総合支所としている。

 
 報道やツイッターの情報では、この時点で、物資の一部(食器等)が不足していたため、一般個人からの少量の支援物資も受け付けていた(翌日になって、物資支援が集中し、受付事務が混乱したため、受入を中止したようである)。また、厚真町に比較すると、物資・人とも支援が少なく、自衛隊員は給水や炊き出しを行っていたが、駐車場を占拠するほどではなく、日本赤十字社については、この日(発災後4日目)の昼頃、ようやく先遣隊が入った状況だった。町役場前の駐車場にも空きスペースが見られた。一方で、避難所前の駐車場には、車中で寝泊まりしている住民が多数見られた。

むかわ町災害対策本部の状況
時系列で入手した情報や対応を記載
 
避難所前で炊き出しの準備をする人達
避難所前の駐車場には多数の車中泊の避難者

 
9月9日(日)午後、安平町へ
 むかわ町から安平町へは、厚真町を経由して移動した。通常であれば、道道10号線という幹線を利用するのだが、複数の箇所で土砂崩れが発生し、通行止めとなっていた。移動途中、「震度7」のデータを記録した厚真町鹿沼地区を通った。農家が点在する地域で、外見上は大きな被害が見られる建物は無かったが、道路の陥没や亀裂、路肩の崩壊等が、他の地域の道路被害に比べると非常に多かった。また、電柱の復旧工事をする車両や人が数多く見られたことから、電柱被害が大きかったものと思われる。
 安平町の早来地区は、古い建物に被害が比較的多いようだった。また、丘陵や盛り土・切り土をした部分で、地すべりや亀裂が多くみられ、それによって被害を受けている建物も見られた。 例えば、早来神社は小高い丘の上にあり、付近には多数の地割れが見られた。また、社殿の前方部が倒壊した。早来神社と同じ丘の斜面に建つ住宅は、地盤が移動し、壁面にずれが生じていた。被災建物応急危険度判定は、部分的に行われていた。

早来神社社殿の前方部が倒壊
早来神社付近の丘の斜面に立つ住宅:左側に地盤のずれた箇所が見られ、家の壁面に大きな亀裂が生じている
 

安平町では、石造りの建物の被害が目立った
 

 安平町では、叔母を見舞うことができた。叔母の自宅建物は、外観では大きな被害がないように見えたが、建物内に入ると増築した2階部分の柱や壁に大きな亀裂が入り、2階全体が水平にズレて傾斜しており、大規模半壊か全壊かという被害だった。
 安平町の災害対策本部は、厚真町と同じく自席対応で、本部室はなく、外部支援も少ない状況だった。役場内に、被害状況や住民へのお知らせを掲示しており、避難所・物資担当がフロアーの一角に配置され、町職員とボランティアによって運用されていた。

(注)昭和28年に安平村が分村して早来村(町)と追分村(町)に分かれたが、2006年3月に、旧早来町と旧追分町が合併し、現在の安平町が発足した。合併前の早来町役場を本庁舎、追分町役場を総合支所としている。
安平町災害対策本部の状況:役場1階に設置
災害対策本部の横に被害の状況や住民へのお知らせを掲示
 

避難所・物資担当:町職員の他にボランティアが支援

 
札幌市清田区・東区(9月10日)
 札幌市清田区里塚の被害が集中した地域は、沢に沿って開発した宅地で、地盤全体が沢の低い部分に向かって流動し、それに伴って住家が被害を受けている印象だった。当初の報道では、液状化や水道管の破裂が原因ということだったが、地下水の影響や地盤の特性等、さらに詳細な原因の調査・分析が必要なようだ。また、同じような状況が、北広島市内でも発生している。
 東区の屯田通りの大規模な道路陥没は、地下鉄の路線に沿った道路で発生しており、明らかに、地下鉄工事との関連が考えられる状況だった。また、道路陥没だけではなく、道路に沿った建物や敷地も、影響を受けていた。

札幌市清田区の住宅及び道路被害
 
札幌市東区の道路被害:陥没した箇所のアスファルトをはがして復旧作業がなされていた
 

 

 地震の発生前日の5日早朝に台風21号が北海道付近を通過しており、北海道内の多くの市町村では4日から警戒体制を取っていた。この台風では、強風による被害が多数発生しており、地震で被災した市町でも、倒木等の対応をしていたようである。このため、防災担当や現業部署では、台風による対応を取った直後に、続けて地震の対応をとることになった。このため、地震発生後の体制や活動の立ち上げはスムーズに行われたが、活動が長期に及んだために職員の疲労が増すという影響が生じたものと推測される。
 今回の地震では、最も被害が大きかった厚真町の大規模土砂崩れ現場における捜索・救助活動が急がれ、地震発生から2週間で生き埋めとなった全員の方が発見された。これは、初期段階から自衛隊をはじめとする支援部隊の集中派遣が功を奏したものと言える。しかし、マスコミなどが集中的に報道した厚真町に支援部隊や救援物資が集中してしまい、隣接する安平町やむかわ町等に、必ずしも十分な支援部隊や救援物資が送り込まれていなかった点は課題が残るだろう。また、復旧・復興対応において、9月13日に「平成30年北海道胆振東部地震による災害についての激甚災害及びこれに対し適用すべき措置の指定見込み」が発表され、9月14日には「被災者生活再建支援法」が札幌市、北広島市、厚真町に適用された。しかし、安平町とむかわ町の「被災者生活再建支援法」の適用は5日遅れの9月19日になっており、復旧・復興に関する支援体制にも差が生じ、対策実施の遅れに影響することが懸念される。
 一方、今回の地震では、大規模停電、いわゆるブラックアウトの影響が指摘されている。私が新千歳空港に到着した8日朝の時点では、多くの地域で停電は解消されていたが、ブラックアウトの影響は、様々なところで感じた。特に、被害が比較的小さかった苫小牧市内や札幌市内でも、食事の確保に非常に苦労した。発災後3~5日目でも、ブラックアウトの影響により、北海道全域で食料・食品の生産や商品の配送が回復できず、スーパーやコンビニ等の店舗では、商品が全く無くなるという状況が続いていた。飲食店も休業するところが多く、営業しているところでも、提供する品目を制限したり、営業時間を短縮する等の対応をしていた。まさに、東日本大震災直後の東京の状況が再現されていた。ブラックアウトについては、地震に限った問題ではなく、様々な状況や地域で発生する可能性がある。今回の地震におけるブラックアウトの発生過程と影響を詳細に調査・分析することにより、ブラックアウトへの具体的な対応策を改めて検討し、推進していく必要がある。
 
 近年、災害が多発している日本においては、行政や企業、ボランティアなどの外部からの支援体制が充実し、システム化されてきている。しかし、今回の地震では、北海道住民の性格からか、外部支援に頼らず、自力で解決を図ろうとする傾向があり、応援要請や支援の受け入れに対して、当初は消極的な面が見られた。今回の地震で被害が特に大きかった厚真町、安平町、むかわ町のような、人口も少なく、行政規模も小さな自治体においては、被害が大きくなると自力で対応することが非常に困難になる。このためにも外部からの支援に対して「受援体制」を組み、被災者支援や地域の生活再建・復旧復興を早期に進めていく必要があると思われる。
 

防災&情報研究所 防災・危機管理研究室長
坂本 朗一

『あなたが「つなぐ(いのち)」地域共助の絆 シンポジウム』(11月24日)

都市防災研究会・かながわイレブンが主催する『あなたが「つなぐ(いのち)」地域共助の絆 シンポジウム =オールかながわ企業防災連絡会キックオフ記念=』が、11月24日(金)に開催されるようです。
シンポジウムの詳細や参加申込み・問合わせ先などについては、都市防災研究会ホームページをご覧ください。

 

都市防災研究会ホームページ http://toshibousai.jp/

 
○日時:2017年11月24日(金) 19:00~21:00
○会場:かながわ労働プラザ(Lプラザ) 神奈川県中区寿町1丁目4番
○主催:都市防災研究会・かながわイレブン
○参加費:3,500円(資料代・懇親会費含む)
○協賛:神奈川大学
○後援:神奈川県

Smart Fire Fighting その2

Smart Fire Fighting報告書は3つの論から成り、「はじめに」、「本論」、そして「結論」です。「本論」の中の章立ては、以下のとおりです。

 
  • 通信技術と伝送方法
  • 個別防護装備としてのセンサー
  • モバイルセンサー
  • 固定型センサー
  • データ収集
  • ハードウェア/ソフトウェア
  • リアルタイムデータ分析
  • 消防データのアプリケーション – 緊急事態前と後 –
  • 緊急事態対応中のデータ利用
  • 消防士でない人向けのアプリケーション
  • 伝送方法のユーザ・インタフェース
 

上記章立てから分かるように、どのような技術要素があるか漏れ無くまとめています。技術的に何があるか提示し、そこからアプリケーションへ話を展開します。この報告書は個別技術要素を選定するのが目的ではなく、大まかな研究開発ロードマップを示すのが目的なので、もう少し踏み込んで議論しても良いと感じるところもあります。しかし、頭の中をある程度整理するためには非常に分かりやすい報告書です。

 

そして、「はじめに」の中で、以下のとおり具体的な研究項目を例示し、報告書の中でどんな議論が展開されるか示唆します。

 
  • 自動走行、衝突回避技術。なぜなら火災死者の10%は車火災に関連するものだからである。
  • 移動ロボット。DARPAのロボットチャレンジは2014年が第1回、それは消火活動に焦点を絞ったものだった。ロボットに要求されたのは、スタンドパイプを特定し、消火ホースのかたまりを運搬し、スタンドパイプに取り付け、蛇口を開くという作業であった。
  • 次世代防護服。心拍数・呼吸・皮膚温度を測定する。3軸加速度計。速度・距離・歩数・歩幅を計測するブーツ。そして、解析のため、無線でスマホにデータを送る。靴下のセンサーにより、歩数・速度・高さ・距離を測定し、ジャンプしたかどうかも記録する。
  • 仮想現実ゴーグル。まるで見ているかのような情報がゴーグルに表示される。
  • モバイルコンピューティング。何百万のスマホアプリとともに。
  • GPSと連携する高度な地図情報。
  • ビッグデータ。火災の予防や救急対応における新分野を代表するもので、分散されたセンサーからのリアルタイムデータとクラウド中にあるデータベースから構成される。
  • マルチメディア・ソーシャルメディア・IoTの勃興。人口のほとんどが携帯電話を保有することにより膨大な情報が生み出されている。
  • BACnetやASHRAEによるビルの自動化や制御ネットワークのためのデータ通信プロトコル。建物センサーのような個別アイテムの効率が上がる技術の統合を促進する。
  • 火災警告システムを含むスマートホーム。建物の重要な機能である安全・安心・娯楽・エネルギー・周囲の環境を高度に制御する。
  • Firstnet。全米ブロードバンドネットワークであり、警察・消防・救急サービスが7つの方法によって音声会話を可能とする。それらはプッシュ・ツー・トーク機能、グループコール(1対多)、ダイレクトモード(1対1あるいは近傍検索)、全二重音声(通常の電話と同じ)、発信者番号通知を含む。
 

これを見るだけでも、報告書において、Smart Fire Fightingとして想定しているものがどんなものかは掴めるかもしれません。現時点で、CPSとして取り上げられることが多いのが、製造プロセス・モビリティ・スマートハウス等であるので、消防という観点から見るひとつの例として参考になると思います。

 

次の回では、面白いと感じた論点を中心に紹介する予定です。

Smart Fire Fighting その1

Fire Fightingは英語で消防を表します。まさに火と格闘することです。では、スマートな消防は何を表すのでしょうか。答えは、消防の近未来像のひとつであり、他の産業においても検討されているIoT(Internet of Things)あるいはCPS(Cyber Physical Systems)モデルを活用する、です。

 

下図は産業構造審議会商務流通情報分科会が公表した【社会全体がCPSにより変革される「データ駆動型社会」】です。ここに示されているように、CPSによるデータ駆動型社会とは、実世界とサイバー空間との相互連関が社会のあらゆる領域に実装され、大きな社会的価値を生み出していく社会です。

CPSによるデータ駆動型社会

実世界とサイバー空間との相互連関をイメージすることは簡単ではないと思いますが、データを収集・蓄積することと、何らかのモデルを開発することとを合わせ、現実の世界で起きることを予め想定し、行動につなげることです。しかも、モデルはサイクルを回したり、データ量を増やすと改善することが可能なのです。インターネットによって人々の情報への接し方が変革されたのと同様に、CPSによって人々の個別技術システムへの接し方が変革されるだろうと言われています。

 

これは米国の国立標準技術研究所が今年6月に公表した報告書です。報告書の元になったワーキンググループ参加メンバーは、半分が現役の消防士達、半分が各分野の専門家です。

NIST_report

表紙の題名にもあるとおり、研究開発ロードマップです。偶然だと思いますが、Smart Fire FightingにおいてもCPSが検討の柱となっています。日本の消防の近未来像を考えたり、あるいは消防・救急の新たなモデルを検討する上で役立つであろうと想定し、何回かに渡り、この報告書のエッセンスを紹介したいと思います。もちろん、米国と日本の違い、消防のあり方の違い等も踏まえて、お伝えしたいと思います。

「近代消防」8月号 テロ対策の対談掲載

2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会開催を控え、様々なところでテロ対策の検討が始まっている。たとえば、消防庁の研究結果「大規模イベント開催時の危機管理等における消防機関のあり方に関する研究」であり、警察庁の「国際テロ対策強化要綱」である。

 

地震・津波・噴火等様々な自然災害に対する防災や減災については、これまでの経験も踏まえ日々全国各地で注意喚起や対策改善に取り組んでいるところである。一方、相手が人間であるテロに関しては、どこか異国の地で起きている事象と認識している人がほとんどではないか。シリアにおける邦人殺害テロ事件で、日本がテロ対象国に名指しされたことは実に大変な脅威である。

 

今回、モトローラ・ソリューションズ社のSmart Public Safety Solutions部門のTom Guthrie副社長が来日するのに合わせ、上記消防庁研究会の有識者でもあった吉井博明前消防審議会会長との誌上対談を実現することができた。紙面の都合で全部を採録することはできなかったが、お二方の深い知識と豊富な経験から導かれる論点は非常に興味深いものであった。

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詳細は7月10日発行の近代消防8月号(32ページから)を御覧ください。

ICT-BCP その4(完)

これまでの話を踏まえて、具体的なICT-BCPの章立てを考えてみましょう。

 
  1. ICT-BCPの基本的な考え方
  2. ICT部門の運用体制(平時、発災時)
  3. 被害状況の想定
  4. 対象システム及びサービス
  5. 検討項目とリスク評価
  6. ICT部門の訓練計画
 

1章では、目標を明示することが大切です。たとえば、発災後72時間以内、という目標を掲げることで、以後記述されていること全てが、この目標を達成するために検討されていることが分かります。ここが、「なるべく中断させず、中断してもできるだけ早急に」のような記述では、想定する範囲が広すぎて検討に曖昧さが残ります。

 

2章では、平時の運用体制と発災時の想定運用体制を提示します。同じ章に記載することで、その違いが明確になります。災害時判断を誰がどのように行うかまで提示されているのが望ましいです。図上訓練で時々見受けられますが、平時のように上司に判断を仰げる状況ではないにも関わらず、それを理由に何もアクションを起こさないことです。そのようなことを許容する体制ではマズイです。

 

3章では、地域防災計画の被害想定を踏まえながら、具体的な想定を掲示することが重要です。もし、職員初動マニュアルも存在するなら、それとの整合にも配慮します。この章が具体的であればあるほどICT-BCPの役に立つ度合いは高くなります。

 

4章では、ICT-BCPの対象とするシステム及びサービスを記載します。

 

5章では、検討項目毎のリスク評価を記載し、検討した対策も記します。この評価を行う際、目標が明確である必要があります。目標や被害想定が変更される場合、あるいは対象システムが追加される場合にも、この考え方を適用することができます。

 

6章では、訓練計画を提示します。特にライフライン(電力、通信、水、道路等)が途絶える場合、実際どのような動きを各システムがするのか確認する訓練が求められます。「実運用しているシステムで検証するな」というのはICTの基本的な考えです。しかし、災害時を想定すると、できるだけ本番に近い環境で訓練を行うことが大切です。庁舎電源の定期点検はそういう意味ではチャンスです。5章で検討したことが、想定通りにいくかどうか確認し、その結果から導かれることを再び5章に反映させるのです。

 

4回シリーズでICT-BCP策定ポイントについて記載しました。ICT-BCPは防災・減災に重要な役割を果たします。何らかの理由でICT-BCP策定が進んでいない自治体の中で、少しでも取り組み始めることを期待します。もちろん、このブログでの記載だけでは充分ではないので、お問い合わせから具体的な相談をいただければ対応したいと思います。

 

最後に、ICT-BCP策定時に参考になる2つの書籍を紹介します。ひとつが国土交通省がkindle版を無償公開した「東日本大震災の実体験に基づく 災害初動期指揮心得」です。日本語版と英語版があります。もうひとつが東日本大震災時に後方支援拠点となった遠野市が発行する「3.11東日本大震災 遠野市後方支援活動検証記録誌」です。ICT-BCPは、絶たれた補給路の再構築手順に他ならず、2つの書籍から学ぶことは多いはずです。

 

以上

土砂災害防止法一部改正への対応

平成26年8月広島豪雨により広島市北部で発生した土砂災害は死者74名、負傷者69名、全壊家屋179棟という大きな被害をもたらしました。「8.20豪雨災害における避難対策等検証部会」の中間報告が公表された後の平成26年11月現地を訪れ、広島市消防局危機管理部の方々にお話を伺いました。特に、消防局指令センター、危機管理部執務室、災害対策本部室(消防局講堂)の情報システム(電話・FAX含む)設備関係、作業空間・位置関係等を踏まえ、当日の情報処理について確認しました。この時の豪雨は局地的且つ夜から未明だったため、住民への情報提供に関し課題が浮かび上がりました。

八木3丁目県営住宅横から県道41号線方向

 

今般、土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(土砂災害防止法)の一部改正する法律が施行された(平成27年1月18日)のを受け、土砂災害に関する住民への情報提供および警戒避難体制・避難所開設について支援するコンサルティングサービスを立ち上げました。対象は、自治体です。サービス概要は資料を参照下さい。

 

国土交通省の説明会では、「住民に土砂災害の危険性が十分伝わっていない」「土砂災害警戒情報が、直接的な避難勧告等の基準にほとんどなっていない」「避難場所や避難経路が危険な区域内に存在する」等指摘されています。実際、これらをどのように具体的な防災対策に結びつけていくか多くの自治体担当者が頭を悩ませていると思います。土砂災害を想定した災害対策本部・警戒本部図上訓練、避難所運営ゲーム、防災リーダー・ワークショップ等を行うことにより、実践的な防災対策を推進してはいかがでしょうか。

ICT-BCP その3

ICT部門は、全てのサービスを運用するために、ハードェア、ソフトウェア、及び保守を提供してくれる業者(ベンダー)を活用しています。ICT−BCPを策定する際、このベンダーとの関係をどう活かすか悩ましいと感じている人は多いはずです。特に、運用のために人を派遣してもらっていれば尚更です。

 

東日本大震災で明らかになったことのひとつに、自治体とベンダーとの契約には災害条項は含まれていなかったことがあります。この場合の災害条項とは災害時の努力義務です。一般的には、保守契約の適用除外項目の中に災害(地震)が明記されていますので、地震が起きた時点で契約が無効になります。それは止むを得ないと思うのですが、復旧作業に一緒に携わって欲しいのに、何も契約が存在しないことになってしまうのです。もちろん、ベンダーにとっても災害時対応は最も難しいことのひとつなので、何かを約束することはなかなか無いとは思いますが。

 

ICT-BCP策定の際は、この部分にも踏み込みます。前回言及した具体的な被害想定に基いて、お互い最善を尽くす手段を決めるのです。幸い多くのベンダーはICT-BCP策定支援の経験もあります。自治体側が具体的な被害想定を作り、ベンダー側がそれへの対応を考え、お互いに実現可能性や忘れている点がないかを検討することができれば良いと思います。ややもすると、被害想定も含めてたたき台を作って欲しいとベンダーに依頼したいかもしれませんが、ここは踏ん張りどころだと思います。発災時点から災害対策本部は様々な情報を集めることが可能なのですから。

 

念の為に書くと、「サーバ類が設置されているラックを免震のものに替えましょう」という提案などは、庁舎が無事で、電源・通信も安定供給されている場合には検討価値があります。ICT-BCPを検討すると、視野が広くなるので、少なくとも部分解決策の採択を判断する前に全体を俯瞰することにつながると思います。

 

余談ですが、分かっているつもりでも書いてみると気づくことがあります。自分の市町村、普段働いている庁舎、仕事をする端末など、被害想定という目で見直し書き出してみることを薦めます。

 

続く

ICT-BCP その2

地域防災計画には地震による被害想定があります。ICT-BCP策定の場合にもこれを活用します。ただし、この被害想定は人的被害(死者数、重傷者数)、住家被害(全壊・半壊棟数)が中心です。人的被害と住家被害から、生き埋め者救出、怪我人搬送、応急危険度判定、避難所開設・避難者受け入れ、死亡届の受付、罹災証明書発行などの仕事量が想定できます。被害想定の中には電力被害、通信被害に言及するものもありますが、視点はその自治体のエリア全体です。

 

ところが、ICT-BCP策定時に必要なのは特定箇所の想定です。各庁舎(支所含む)の揺れによる被害がどの程度か、庁舎内部にあるサーバ・PC等の情報機器の被害はどの程度か、各庁舎への電力、通信はいつ復旧するかです。細かいことを言えば、庁舎の中の、ある特定の部屋のサーバあるいはPCに電力、通信を供給できるかです。そして、万が一代替物品を輸送する必要があるなら、対象となる場所までの緊急輸送路等の通行可否、車両・運転手調達、あるいはヘリコプターによる輸送なども重要な要素になります。

 

地震が起きると、津波、火災、そして土砂崩れ、液状化が続く場合があります。揺れによる被害だけでなく、それに続く被害も念頭に想定を行うことが大事です。

 

庁舎の耐震性が無い場合、あるいは津波浸水域にある場合、地域防災計画に災害対策本部の代替設置場所が記載されています。そうなると情報システムを復旧する拠点も代替場所の想定が必要です。これは必ずしも災害対策本部と同じ場所になるとは限りません。なぜなら、情報システムを復旧する拠点には電源及び通信が不可欠だからです。電力や通信の復旧を待つだけでは能がありません。停電が長期に渡る場合も想定し、代替場所を想定しておくことが肝要です。

 

ある程度被害想定を具体的に描いてくると、いつどんなサービスを復旧するのかが目標として必要になってきます。ICT-BCPを策定するにはこれが不可欠です。住民基本台帳システム、課税台帳システム、国民健康保険システム、後期高齢者医療システムなどが優先度が高いサービスだと思われます。しかし、各自治体によって異なるかもしれません。これを全庁合意の下で決めるのがICT-BCPの最も重要な作業のひとつと言えるでしょう。これらのシステムを使用している部門(住民課や税務課など)に、発災後の仕事量と方法(場所含む)を確認し、想定されるシステム復旧工数と重要度を順位付けします。もちろん、より多くのシステムができるだけ早く使えることが望ましいですが、残念ながら復旧に投入できる人数、代替物品、時間には限りがあります。総合的な判断から、いつどんなサービスを優先して復旧するのかを目標に掲げます。

 

続く